蝉の音が不思議とうるさくない。いつもなら何重にもなるその音の重圧にうんざりするのに、今わたしの耳を支配しているのはそれだけなのに。
目の前の景色もいっこうに変わらない。黒い男と狭い階段。わたしは後ろをついていくだけ。どこまで続いているのか、先は男の大きな背中のせいで見えない。
足の裏が汗ばんで、サンダルが脱げそうだ。ワンピースの裾で手の汗を拭う。
男はどこまでも登っていく。わたしはこの男の後ろから離れないようにしないといけない。今ここで少しでも休憩してしまったら、おいてかれてしまう。そんな気がする。
男と一緒にこの先へ行っても、きっともう家には戻れないだろうことも、わかっているけど。
私はどうなるのだろう。ずっとずっと、心の中で繰り返している。
理科の授業で習ったような気がするのに、なぜだか思い出せない。蝉はいつ鳴り止んで、生命を終えるのだっけ。
彼らの音は、いつまでわたしの耳に届くのだろう。